東京地方裁判所 平成6年(合わ)23号 判決 1994年8月30日
主文
被告人を懲役一二年及び罰金二〇〇万円に処する。
未決勾留日数中一五〇日をその懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
自動装填式けん銃四丁(平成六年押第五五五号の1、7、13、14)、回転弾倉式けん銃一丁(同押号の10)、実包一四六発(同押号の2ないし6、8、9、11、12、15ないし17)、覚せい剤一瓶(同押号の18)、同九袋(同押号の19ないし27)、大麻二袋(同押号の28、29)、同一本(同押号の30)、コカイン一袋(同押号の31)、刀三振(同押号の32ないし34)及びやり一本(同押号の35)をいずれも没収する。
理由
(犯罪事実)
第一 被告人は、法定の除外事由がないのに、平成六年一月一八日、東京都北区《番地略》甲野荘七号室において、自動装填式けん銃四丁(平成六年押第五五五号の1、7、13、14)及び回転弾倉式けん銃一丁(同押号の10)を所持したものであるが、右けん銃のうち、自動装填式けん銃一丁(同押号の1)はこれに適合する実包四二発(同押号の2ないし6)と共に、自動装填式けん銃一丁(同押号の7)はこれに適合する実包二九発(同押号の8、9)と共に、回転弾倉式けん銃一丁(同押号の10)はこれに適合する実包二八発(同押号の11、12)と共に、それぞれ保管するとともに、火薬類である実包四七発(同押号の15ないし17)を所持した。
第二 被告人は、みだりに、前記日時場所において、営利の目的をもって覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶六一五・九四六グラム(同押号の18ないし27はその鑑定残量)を、また、営利の目的なしに大麻を含有する植物細片一六・八二四グラム(同押号の28ないし30はその鑑定残量)及び麻薬である塩酸コカインを含有する粉末一・七七一グラム(同押号の31はその鑑定残量)を所持した。
第三 被告人は、法定の除外事由がないのに、同月二一日、前記甲野荘六号室において、刀三振(刃渡り四六・五センチメートルのもの〔同押号の32〕、同一九・四センチメートルのもの〔同押号の33〕、同二〇・一センチメートルのもの〔同押号の34〕)及びやり一本(刃渡り二四・一センチメートルのもの、同押号の35)を所持した。
(証拠の標目)《略》
(事実認定に関する補足説明)
一 被告人及び弁護人は、第二の行為のうち覚せい剤の所持の点につき、被告人には営利目的がなかったと主張しているので、検討する。
二 まず、関係各証拠によれば、所持していた覚せい剤の量が約六一六グラムと大量であること、チャック付ビニール袋に小分けされたものも数袋あること、上皿天秤、多数のチャック付ビニール袋、注射筒、注射針等、覚せい剤の小分けや譲渡に必要な道具も本件覚せい剤と同じ部屋に隠し置かれていたことなどが認められ、このような客観的状況に鑑みると、本件覚せい剤の所持が営利目的であったことは優に推認することができる。
また、被告人の養子で被告人が組長をしている暴力団の組員としても活動していた証人Aは、本件覚せい剤につき、それらは被告人の所有物であること、被告人はこれらを密売目的で所持していたこと、被告人はAを含む組員らを使って現実に覚せい剤の密売を行っていたことなどを具体的に供述している。確かに、Aがこのような供述をするに至った経緯として、同人が恐喝罪で警察に逮捕された際に、被告人が弁護人を付けなかったことなどから、被告人に対して悪感情を抱いていたものと認められる。したがって、Aが虚偽の供述をして被告人を罪に陥れようとする危険性がないとはいえないので、その供述の信用性については慎重に吟味しなければならない。そこで、このような観点から右供述を検討すると、Aが捜査官に供述したとおりの場所からけん銃及び覚せい剤等が差し押さえられていること、その供述には、既に述べた客観的事実と合致する内容が多々含まれていること、被告人が所持していた刀及びやりにつき、それらは被告人のコレクションであり、けん銃等と違って強盗などの犯罪に用いる目的はなかったと供述するなど、被告人の責任を限定する方向でも供述していること、自分に分からないことについては明確にその旨供述しており、事実をことさらに歪曲して被告人を罪に陥れようとする様子はうかがわれないこと、被告人がAの養父であり、また、その所属していた暴力団の組長であるため、被告人に不利な供述をすれば報復されて生命身体に対する危険の生ずるおそれがあることを十分に認識しながらも、被告人の犯行について詳細に供述していることなどの諸事情が認められるから、これらの事情に照らすと、Aの供述は基本的に十分信用できるものと認められる。
三 これに対し、被告人は、捜査公判を通じ、本件覚せい剤は知合いの暴力団組長から預かったものであり、密売する目的はなかったと供述している。しかしながら、被告人のいう組長が供述時には既に死亡している者であること、被告人の供述によっても、その組長と被告人との間では預かったとされる物の取扱いについての具体的な取決めはなんらなされていなかったというのであり、内容に不自然な点があること、被告人も覚せい剤の一部を自ら計量したことは自認しているものの、計量した理由について合理的な説明ができないこと、被告人は本件覚せい剤を本件けん銃と一緒に預かったと供述しているところ、右けん銃については被告人が作成した「貴金属及び貴重品目録」に記載されており、自己の財産として保管していたものと容易に推認されるから、右けん銃と一緒に同じ暴力団組長から預かったという弁解も不自然といわざるをえないことなど、被告人の供述には不自然、不合理な点が多く、到底信用できない。
また、被告人が組長をしていた暴力団の本部長であったBは、Aの証言内容は事実に反しており、被告人らは一〇年以上前から覚せい剤を扱っていなかったなどと証言しているが、Bの立場、その利害関係、その供述内容の合理性・具体性の有無、客観的証拠との整合性の存否等に照らすと、Aの供述に比し、信用性に乏しい。
四 したがって、被告人は、本件覚せい剤を営利の目的をもって所持していたものと認められる。
五 なお、本件公訴事実は、大麻及びコカインについても営利目的で所持していたというものである。しかしながら、関係各証拠によって認められる客観的事実を検討すると、その量が覚せい剤ほど大量ではなく、パイプに詰められた大麻もあるなど、被告人あるいはその関係者らが使用しようとしたのではないかと考える余地も残る。しかも、Aの証言によると、被告人が使用するために大麻及びコカインをよけていたこともあったというのであるから、営利目的で所持していたと認定するには合理的な疑いを払拭し難い。したがって、大麻及びコカインの所持については、営利目的のない所持と認定した。
(累犯前科)
一 事実 昭和六三年四月二六日東京地方裁判所宣告暴行、傷害罪により懲役一年
平成元年四月三日右刑の執行終了
二 証拠 前科調書(乙一三)
(法令の適用)
一 罰条
1 第一の行為
(一) けん銃所持の点 包括して銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第二項、一項、三条一項
(二) 実包四七発所持 火薬類取締法五九条二号、二一条の点
2 第二の行為
(一) 覚せい剤の営利目的所持の点 覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項
(二) 大麻所持の点 大麻取締法二四条の二第一項
(三) コカイン所持の点 麻薬及び向精神薬取締法六六条一項
3 第三の行為 銃砲刀剣類所持等取締法三一条の一一第一項一号、三条一項
二 観念的競合の処理
1 第一の行為 刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として重い前記1(一)の罪の刑で処断)
2 第二の行為 刑法五四条一項前段、一〇条(一罪として最も重い前記2(一)の罪の刑で処断)
三 刑種の選択
1 第二の罪 懲役刑及び罰金刑選択
2 第三の罪 懲役刑選択
四 再犯加重 刑法五六条一項、五七条、第一の罪の刑及び第二の罪の懲役刑については更に同法一四条
五 併合罪加重 懲役刑につき、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(最も重い第一の罪の刑に加重)
六 未決勾留日数の算入 刑法二一条
七 労役場留置 刑法一八条
八 没収
1 けん銃、実包、刀及びやり 刑法一九条一項一号、二項本文
2 覚せい剤 覚せい剤取締法四一条の八第一項本文
3 大麻 大麻取締法二四条の五第一項本文
4 コカイン 麻薬及び向精神薬取締法六九条の三第一項本文
(量刑の理由)
一 本件は、暴力団組長であった被告人が、複数のけん銃とそれらに適合する実包を含む多数の実包のほか、やりや複数の刀を所持するとともに、営利の目的をもって大量の覚せい剤を所持したばかりでなく、大麻とコカインまで所持していたという、銃砲刀剣類、火薬類及び薬物のまれに見る大量所持事案である。
二1 第一の犯行で所持していたけん銃及び実包は、暴力団の組長である被告人が、殺傷能力の極めて高い複数の真正けん銃とそれに適合する多数の実包とをそれぞれ組み合わせた上、まとめて保管していたものであり、けん銃を現実に使用することを前提とした極めて危険かつ悪質な犯行と認められる。暴力団関係者らを中心にけん銃使用等の犯罪が多発する状況に鑑み、近時けん銃に対する法規制が厳しくなっていることをも考慮すると、被告人の行為は厳しく非難されなければならない。
2 第二の犯行は、六〇〇グラム以上もの大量の覚せい剤を密売し不法な利益を得る目的で所持し、その害悪を広く社会に拡散させようとしたものであり、これもまた極めて悪質である。また、大麻やコカインという種類の異なる薬物まで手広く所持していたもので、その反社会性は顕著である。
3 第三の犯行も、鋭利な刃を有する複数の刀及びやりを所持していたというものであり、危険かつ悪質な犯行である。
三 加えて、被告人には、前科が一三件(うち懲役刑八件)もあり、その中には、本件と同種のけん銃、刀剣類、実包の所持による銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の各罪が存在するほか、営利目的所持による覚せい剤取締法違反の罪でも二回処罰を受けていること、若いころから暴力団に所属し、本件犯行当時は暴力団組長として活動していたことなどをも考慮すると、規範意識の鈍麻、反社会的性格は顕著であり、その刑事責任は極めて重大である。
四 以上のような事情に照らすと、けん銃と実包が使用されたり、薬物類が譲渡されたりする前に押収されたこと、被告人が本件を契機に暴力団を脱会したこと、今後は暴力団には関係しないと公判廷で述べていること、被告人の妻が被告人の更生に協力する旨供述していることなど、被告人に有利に斟酌すべき諸事情を十分考慮しても、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。
(求刑 懲役一二年及び罰金二〇〇万円、没収)
(裁判長裁判官 池田 修 裁判官 保坂栄治 裁判官 川田宏一)